Twelfth Night at Young Vic

観劇日:2018年11月1日

演出:Kwame Kwei Armah and Oskar Eustis

製作:The Public Theatre (NY)

 

 ヤングヴィック新芸術監督クウェイ=アーマー就任一作目は、彼がアメリカで製作したミュージカル版『十二夜』*1。舞台は20世紀半ばのノッティングヒル。カリブ系移民が多く住んでいた地域で、現在までもカーニバルなどカリブ文化が根付いているそう。

 華やかでエネルギッシュなミュージカルというだけなら、シェイクスピアの翻案として特別珍しくはないのだろうけど、そうはならないのは、徹頭徹尾一貫してこの作品が多文化社会へのセレブレーションとなっていること*2。ダイバースキャスティングに加え、コーラス/アンサンブルには地域のアマチュアパフォーマーを大勢登用している。人種、民族、性別、年齢、全部が取っ払われた祝祭の雰囲気と同時に、これほど多様なすべての人々へのそれぞれのリスペクトがきちんと両立していて、この一年強イギリスで舞台を観てきて、最も安心できる劇場空間だなと感じた。

 『十二夜』のストーリーやプロット、キャラクターにほぼ変更はないものの、90分のミュージカル翻案になっているため、当然ながら台詞のカットや変更は大胆。名台詞の一部を歌詞に混ぜ込む形になっているので、ちょっと口ずさみたくなる感じです。唯一人物造形に変更にあるのがマルヴォーリオ。エンディングはオリジナルソングで他者理解と世界への希望を歌うもののため、彼が復讐を予告するシーンがほぼなくなっている*3

 『十二夜』自体は、個人的にはさほどハッピーな作品ではないと思うのだけど(もちろん喜劇だしハッピーエンドだけど、ヴァイオラだけにかかる負担が半端なさすぎるし、今回カットされているマルヴォーリオのシーンの不穏さが強いので。)、街が舞台であることと、魔法みたいなミラクルが起こらないということが重要なのかもしれない。幸運はもちろんたくさんあって(私のお気に入りキャラクターセバスチャンの、宝くじを連続で当てそうな強運とか)、その反面誤解やすれ違いも起こるのだけれど(兄貴のラッキーのつけを払わされているヴァイオラ…)、全部人の世のことだというところに軸足があって、それがエンディングの、世界は他者を理解することできっと良くなる、という非常にポジティブな歌へつながっているように思った。

 とはいえ、全てをラッキーで片付けるほどクワメ演出は甘くない。ヴァイオラ/セザーリオの変装は本当に男性と見まごうほどで、プロット全体を支えるこの「リアリティ」の説得力は強い。衣装から徹底的にフェミニンな要素を排し、しぐさや振る舞いも黒人男性のそれをうまく取り入れて、よりマスキュリンに見せている(ヴァイオラ、セバスチャン双子は黒人キャスト)。男装のイメージにつきものな少年的な「中性さ」もなく、まさに、'Not yet old enough for a man, nor young enough for a boy'な造形。オーシーノとセザーリオの思いのすれ違うやり取りは、変装の秘密ゆえのもどかしさというより、恋心を秘めたゲイの青年のようにも見える。

 セクシュアリティに関して、おそらく有名なのはセバスチャンに対するアントーニオの感情ですが、これも(出番自体は大幅に短くはなっているものの)アントーニオがヴァイオラ、オリヴィア、オーシーノーのメインテーマで歌われるフレーズを反復することで、暗にその思いを示す。人種的なダイバーシティをキャスティングで見せつつ、原作のジェンダー、セクシュアリティ表象の複雑さもきちんと拾い上げている。

 斜に構えることなく真っすぐに多文化社会への希望をメッセージとするのって、やっぱり今とても作るのが難しくなっていると思うのだけど、隙のないクオリティと有無を言わさぬエネルギーでそれを実現している舞台。これは、NTライブ等でのブロードキャストや、(難しいだろうけど)ソフト化があればと思う。今、なるべく多くの人に見てもらいたい、本当に幸福な作品です。

 

 

*1:初年度のプログラムにやけにアメリカ関係の作品が多いなと思ってたら、2011年から17年までボルチモアの芸術センターの芸術監督だったんですね。ついでに個人的なことを書いておくと、この時期はちょうど私がイギリス演劇に本格的に関心を持ち出した頃で、つまりクワメさんのイギリスでの仕事を私は今まで見たことがなかったのです。

*2:個人的に、劇場美術でまず驚いたのが天井に掲げられた万国旗でした。なんてベタな、というシニカルな思いを抱いたのは一瞬で、このストレートさこそが強さなのだとちょっと泣けてきました

*3:そのせいか、マルヴォーリオ、ソロ曲とか見せ場がえらい多くて、大変おいしい役どころになってました。