Young Marx by Richard Bean and Clive Coleman, NT live

観劇日:12月7日19時

演出:Nicholas Hytner

上演劇場:Bridge Theatre

 

 この秋完成したBridge Theatre*1のこけら落とし公演で、製作チームはOne Man Two Guvnors の面々。『資本論』上梓の前、ロンドンで極貧亡命生活を送る若きカール・マルクスが主人公。

 良く言えば天才の破天荒は悪く言えば人間のクズ、なわけで、とんでもないエピソードの数々に笑いつつ、マルクスの妻ジェニーにはただただ同情する二時間。(エンゲルスはなんだかんだで幸せそうだからいいのではないか。僕らは作家とプロデューサーだ、とマルクスに言われるシーンがあったけど、あれは昭和の漫画家と編集者の関係だと思う。)方々から返す当てのない借金をし、それでも衣食に困るほどの貧乏生活で、そのくせ嗜好品は止めず、あらゆる理由で常に警察に追われている。だいたい「若き」と言っても妻も子供もおり、資本主義が悪いのは良く分かったがその破壊的な金銭感覚はどうにかならんものか、いや突き抜けたザル勘定だからこそ世紀を変える経済思想を生んだのかもしれない、くらいに思わないと付き合いきれないタイプ。

 しかもマルクスのクズっぷりは金銭問題にとどまらず、使用人のニムと不倫関係の末に子供までできちゃって、慌てて彼女をエンゲルスと偽装結婚させようとするあたりは、てめぇこれコメディだから(あとエンゲルスの苦労人度とニムのかっこよさで)ぎり許されるやつだぞ、と心の中で叫んだ。それでも一応一線保っているのはどちらかというと脚本よりローリー・キニアの力のように思う。『三文オペラ』で老若男女が惚れ込んだキニアマックに続き、今回のキニアマルクスも大概人たらし。

 とはいえ、マルクスが愛すべき人間であるという描写は一貫してはいて、音楽好きでユーモラスな性格や、家族や友人への(ちょいちょいゆがんだ)愛情深さ、鋭い社会批評を通じて見える天才的な頭脳は、確かに魅力的な人物像を作り上げている。もともと、歴史的偉人を「人間的に」描き出すというのが今作のコンセプトで、金銭面にしても愛情面にしても人間関係にしても、とかく彼は矛盾していたということが重要な強調点だろう。人格者でお金持ちで筋の通った天才なんてスーパーマン(あれ、これエンゲルスでは)はいないんだよ、というメッセージに、マルクスを題材として取り上げる意気は中々チャレンジング。

  さて、作中で描かれる多数のトラブルはほぼ実話だそうで、見終わって、なかなか辛いなと思うのは、特に家庭内の事柄に関してはどう考えてもマルクスの、あるいは、後世彼の考えを引き継いでいった人々の思想に反する、というところ(これは創作だと思うけれど、マルクスが自分は残虐な仕打ちを受けている('brutalised')と愚痴を言って、マンチェスターの最貧困層の人々の生活を知るエンゲルスを怒らせる場面がある。まだ彼は思想家として未熟であるという脚本上のフォローは、そういう形でちゃんと入ってはいる)。私は芸術作品と人格は別物と考えてますが、さて思想と人格は別か?となると、ちょっと即答できない。でも、歴史的偉人を「聖人」としてではなく描き出す上でこのコンフリクトは避けようがなく、どこまで本当だったのかもはや知るすべはないにせよ、史実をどのように読みかえるのだろう、という点は興味深かった。

 個人的に一番面白かったのはニム、ジェニー、マルクスの三角関係で、演出、脚本ともに上手い切り抜け方だったと思う。ニムとジェニーの間に、レズビアン的関係が読みとれるかどうかの際どいラインでシスターフッドを築いていて、二人の間にマルクスに関わる負の感情が生じないようにしている。個人的にはニム→ジェニーに関してははっきり恋愛感情があるという設定でもおかしくない展開だと思ったけれど、マルクスの「クズ度」を和らげるために、歴史的な人物や出来事を(創作とはいえ)クィアに読んでいいのかは悩ましいところ。歴史的大著を生み出したけど人間的にはクズだった、という点に徹した誠実さは、たとえドラマの魅力を減じたとしても、買いたいと思う。

 来年のNTlive日本上映が確定したようでなによりです。

 

*1:劇場設立の中心人物は、今回の演出のニコラス・ハイトナーと元ナショナルシアタープロデューサーのニック・スター。ハイトナーも2015年までナショナルシアターの芸術監督で、つまり彼らは数年前までイングランド最大の公立劇場で辣腕ふるっていたわけで、その二人がなぜ「商業」劇場をウェストエンドの中心地をあえて外した場所(かつNTのご近所)に建てたのか、という芸術、興行上の理念はすごく面白いです。NTlive冒頭のハイトナーのインタビューでも少し語られてました。今回映画館で見ちゃって劇場にはまだ行ったことないので、近々ホワイエくらいは覗きたいです。