ソリダリティ

 入寮からひと月、いまだ完成しない建物、停電や断水と頻発するトラブル、さらに作業のためとはいえセキュリティガン無視で部屋を出入りする作業員と、寮生の不満は着々と蓄積していた。運営のマネージャーに意見を言いに行こうとか、大学に訴え出ようとか*1、話自体は出ていたものの、なかなか組織的に動けない中、ようやく完成するランドリーに洗濯機、乾燥機が一台ずつしか設置されないという話が広まる。それが着火点となって、いっきに集団抗議へ火が付いた。

 一階のフラットのキッチンが会場。中国人のアビーがミーティングのオーガナイザー、寮内の中国系学生のネットワークを存分に使い、呼びかけ数日で棟の半数が集まるほどの規模に(そしてミーティング中にもどんどん人を呼びに行っていた)。ドバイ出身の法学専攻のニキータが、英国政府のウェブサイトから住宅関係の法令を探し出し、今の寮の状態は違法だと検証、草稿を作り上げる。カリフォルニアからきたロバートが英語の確認。寮唯一のネイティブスピーカーとして、交渉の代表の役割を担ってくれた。寮の住人の知恵と怒りがものすごい勢いでまとめ上げられ、意見書完成、プリンター持ってる子がさっそく印刷してみんなで順番に署名する。拍手。

 しかし、騒がしい。最優先はランドリーの改善で合意を得たものの、冷蔵庫のサイズがフラットによって違うのがわかったりとか、キッチンのフライパンのテフロンがすぐはげると盛り上がったりとか、郵便物が届かないのはどうすればいいんだとか、部屋に携帯の電波が届かないとか、それはキャリアの問題じゃないのかとか、そういうしている間にポテチが部屋を駆け巡り、新たに来る人もいれば部屋に戻る人もおり、で、はたから見ればパーティやってるようにしか見えないんじゃないのと思う。アメリカの独立宣言が生まれた時ってこんな感じかな、とジョークを飛ばしていた子がいたが、私としては一揆とかそういうやつじゃないかと思った。(いや独立宣言起草もこんな感じだったかもしれず、案外一揆の方が神妙に打ち合わせをしてるのかもしれない。)ともかく、こういう勢いで物事は進むのである。

 うちの寮は留学生オンリーだ。アメリカ人のロバートがほぼ唯一の英語のネイティブスピーカー(インドや香港など、第二公用語が英語という国からの学生もいるが)となっているのはそのせいだ。そして、中国系ネットワークが駆使できたのも、いわずもがな中国人留学生の比率がかなり高いからだ。あまり考えたくはないけれど、でもみな一度は、私たちが外国人だから寮の対応がひどいのではないか?、という思いがよぎっている。今回の意見書ではこの点は触れていないけれど、たとえ戦略的と思われようと、とりわけ大学に対して意見を伝える際には強調する方がいいだろう、と私はロバート達に伝えた。幾名か、強く同意する人もいた。

 その場にいた全員が署名したわけではなかったが(要求過多だとして賛同しなかった人がいた)それでも70名ほどの寮の40名近くの署名が一夜にして集まった。中心となった三人には頭が上がらないし、寮生全体の機動力の高さもすさまじかった。私はなんだか勢いにのまれるような状態で、何もできてなかったなと反省する。もちろん、この意見書だけそう簡単に話が終わるとは思えないので(そのあたりはみんなけっこう冷静)次のアクションではより力になれたらと思う。

*1:ややこしいのは、大学運営の寮とは違い、この寮の運営は民間で、大学はあくまで提携を結んだだけ。他の大学運営の寮と同じ形で申し込みを出しているので知ったことかという話ではあるのだが、責任の所在がばらつくのはめんどくさい。