Edinburgh Festival Fringe and Edinburgh International Festival 2018 (追記しました)

 一つ一つに感想を書く余裕がないので、ざっくり観たもののリストと簡単なコメントを。鑑賞直後にツイッターに走り書きしたものをもとにしているので、第一印象だけな内容が多いです。タイトル、作家、演出家、出演者などなどのクレジットは検索可能な程度で省略してます。あと、日付も省略してます(時間を打ち込むのが大変…)が、並びはほぼ観た順番です。ちなみに滞在期間は8/17-8/27でした。

 パフォーマー、カンパニーによっては毎年フリンジ参加している場合も多いので、今後の参考になれば。

(書洩らしていた作品を一番下に追記しました。)

 

Xenos by Akram Khan

 カーンの名前だけにつられていったんですけど、私この人合わない、を確認する会となってしまった…。ダンス作品で、動きに直接的な意味が見えるというのがとても苦手で、それがドラマチックに密なエネルギーでもって多用されていたところがどうにも合わず。キレッキレの動きはとても美しかったけれど、だからこそ妙に意味深な振りが気になってしまう。フルレングスの作品を初めて観たので比べられないのですが、他の作品でもそうなんだろうか。ちょっと確認したい。ロンドン五輪開幕式のパフォーマンスが印象に残ってるんですが、まぁあれはちょっと文脈が違うしなぁ。

 

Check UP by Mark Thomas

 NHS70周年に合わせ、現代英国でNHS制度がどうなっているのか関係者のインタビューを基にマーク・トーマスが語りまくる(*70周年とあって、NHSテーマの作品は他にもいくつか)。テーマはとてもクリアで、彼のメッセージにもちろん異存はない。ただ、NHSというか医療福祉制度にまつわる問題は当然のごとくものすごく多岐にわたっていて、そして結論が出ない。その広さ深さを関係者インタビューを起点に見せていくので、構成がルースになってしまうというか、ちょっとWIPっぽさがある。内容自体はとても面白いのだけど、もう少し特定の問題やインタビュイーへのフォーカスがあると個人的にはもっと入り込めたかもと思う。でも問題系の広さを示すのが大事ってのもわかるので、作品にはとても納得している。

 

The Basement Tapes by Stella Reid
 魅力的な役者さんなんだけど、スクリプトが惜しい。テープレコーダーがキーアイテムとはいえ、一人芝居で録音音声多用するのはもう少し工夫が必要と思う。
 

Revelation by James Rowland

 精子ドナーってテーマですでに面白そうと思ってたけど、予想を超える重い物語がボディブローのように効いてくる。ローランドがクリスチャンてのが超ポイントにも関わらず語りの中ではその重要性はみせず、でもパフォーマンス全体を支えさせているのが巧い。ちゃぶ台返し的エンディングも良い。これ、レイブンヒルのHandbagをちょっと思い出す設定(*友人のレズビアンカップルへの精子提供という設定のこと。Handbagはゲイカップルとレズビアンカップルで「家族」を作るというのがメインの筋の一つで、ローランドが自伝的パフォーマンスなのに対し、こちらはフィクション。)。でもHandbagがゴリゴリバッドエンドなのに対し、こちらはどうにか希望を見つけようとするラスト。作り手の作風もあるけど、20年のキャップを思うと、時代なのかなとも感じる。

*私のとなりの席の人が文字通り号泣しており、何か思うことがあったんだろうなと思ってたんですが、別の日に観た友人がやはり、めちゃくちゃ泣いてる人がいた、と言っていたので、どうもある層にピンポイントで刺さる作品だったようです。(ちなみに泣いていたのはどちらも男性でした。)

 

User Not Found by Dante or Die and Chris Goode

 近しい人が亡くなった時、その人のSNSアカウントをどうすれば良いのか、という問いをめぐるイマーシブ系一人芝居。これ、パートナーを亡くしたゲイ男性が主人公で、その設定に一瞬驚いたんですが、いや驚くことでもないわなと思い、いやうちの国の同性カップルの権利ってデジタルアセット以前…と思い至る。そういう意味で私の感覚では情報過多に思えたのは正直ある。あと、親子間(子が先に亡くなる)の方が、デジタルネイティブ世代の切り替わりという意味で、よりテーマが掘り下げられるような気はしたけど、これも私の感覚によるのかも。達者なパフォーマーさんでしたが、ヘッドフォン&スマホ&カフェでイマーシブにする必要があったのかはちょっと疑問。私はむしろこうした装置のために意識が散ってしまった。

 

Ulster American by David Ireland

 尖ったポリティカルな笑いはすごく面白かったのだけど、ヘビーな政治問題を3人芝居でこれだけたくさん扱うことで相対主義っぽくなってる気も。三つ巴になっちゃうコメディの構造が、今回の政治トピックではあまり生きていない気が。セット、演出がシットコムさが強いので、テレビでやっても良いんじゃないかと思った。

 *アイルランドの『キプロス・アヴェニュー』は来春、ロイヤルコートで再演予定。

 

La Maladie de la mort by Marguerite Duras, dir. Katie Mitchell

 決してつまらなくはなかったんだけども、映像と舞台の表象の対比でこの手法(*カメラ越しに見えるものは実際に映しているものとは全然違う、ということを見せるタイプの編集/演出を指している、はず(ツイート当時の私))は何番煎じだろうと…。そしてなんでデュラスのこのテキストでこれやろうと思ったのかしらと…。丁寧だなぁ上手いなぁとぼんやり眺めているうちに終わってしまった。てか、わりと結構テキストがダメなんじゃないのというか、これさっきのUlster…のノリでやったらコメディだよねと思えるような感覚の古さがあり。私としては愛に飢えてこじらせたおっさんの話はもうBLで十分だし、ここを演出的に関係性の再解釈でアップデートすべきではと思う(*拗らせたおっさん、は上記の映像テクニックで抽象化されてたんですが、相手の女性は逆に映像の中の人としてドラマチックな存在を確立してしまったような演出で、二人の関係性自体は別に変わってなかったんです)。

 

Electrolyte by Donnacadh O'Briain

 これ面白いです。スコッツマンのゴリ押しを信じてよかった。音楽系スポークンワードだけど、バンドの設定が上手く物語に取り入れられてるし、クライマックスの語り手視点の転換も鮮やか。個々のお話自体はわりとありきたりではあるけど、語りのレイヤーの重ね方、音楽の組み込み方、そういう構成が巧み。その上でパワフルな楽曲でテクニカルなところを考えさせずあえて勢いで持ってっちゃう。

 

Riot Days by Pussy Riot

 メンバーのM・アリョーヒナがPRの活動を記した著作Riot Daysの抜粋のシャウトとパンクロックのライブ。ものすごく扇動的で詩的な言葉がビートの効いた音楽と彼女たちのパフォーマンスとミックスされて体が動かざるを得ないパワフルさ。ステージ正面の観客の勢いは特にすごかった。

 フリンジ参加に際しアリョーヒナがロシア政府から渡航禁止を言い渡されており、その事件と出国までの詳細は新聞報道も出てるんですが、開演前のMCで、実はイギリスへの入国手続きでも問題があり、曰くイギリスの入管の方がより厳しかったと。私はイギリス人ではないけど、自分の国が彼女の来英トラブルに関わってるって聞いて乗れないだろ普通、と思ってヘドバンとかしてる観客にすごい醒めつつ、でも同時に彼女たちのパフォーマンスの巻き込む力もひしひし感じてて、途中からひどく混乱して、デモやアクティビズムのことをずっと考えていた。私は、デモがとても苦手でめったにいかない。大勢の人の中でコールやスピーチやパフォーマンスに囲まれてると、冷静な判断が出来なくなるタイプだなと自覚があるので。だからこのライヴに乗っちゃう人の考えは理解できないけど感覚はわかる。劇場なら平気かなぁと思ったけど甘かった。取り乱して帰路についた。

 

Best Dad Ever by Ken Cheng

 アヒアさんを見逃し夕方まで散歩するかとウロウロしていたところべドラムシアター前で宣伝のお姉さんに捕まり、今日のチケットあと数枚だよ!の言葉にノセられて飛び込み。思わぬ収穫でした。スタンダップとしては粗いけど内容が良かった。コメディじゃないフォーマットでも良いかも、と思う。中国系イギリス人の2世で、かつその事と深く関わりながら個別ケースでもある自らの家庭事情を、父親の存在に落とし込む形で語るのですが、カラッとした口調と裏腹に置かれてるのは複雑な状況で、その状況のクリアに出来なさが面白くも切なくもあり。移民二世のコメディはこれまでも見た事あるけど、東アジアの人はほぼ初めて。文化背景が近い分、親との価値観のコンフリクトとか、抱える葛藤は比較的わかりやすいように思った。

 

My Left/right foot by Birds of Paradise adn National Theatre of Scotland

 マイノリティの役は必ずその当事者が演じるべきか問題への一つの回答となる作品(その結論がクライマックスなのでオチは伏せとく)。上演時間短いので展開早くて、もうちょい掘り下げた方がという部分もあるけど、勢いあるミュージカルコメディ。手話通訳日かなと思ったら、手話通訳者というキャラクターだった。物語に出たり入ったりが絶妙で、時に他の登場人物と会話し、時にモノローグをそっと訳す。

*障がい者の役を障がい者がやるべきか否か、というキャスティング問題をめぐっての、とあるアマチュア劇団のドタバタコメディ。オチですが、大まかに書いておくとすれば、障がい者の役はやはり障がい者がやるべき、でも演じる役と全く同じ障害/経験を持った役者はいない(その意味でフィクションである)、という結論。いろいろ議論があると思いますが、今の演劇業界としては最適な判断だと個人的には思います。作品自体も、この結論が絶対だという見せ方ではなく、あくまでも暫定的にこの選択をする、という印象を受けました。(全編稽古場風景で、実際にこの劇団が作った舞台がどうなったかは描かれません。)

 

Unsung by BigMouth
 男性政治家の公私のコンフリクトと観客にだけぶちまけられる本音の間を行ったり来たりの一人芝居。マスキュリニティを政治家のキャラクターで掘り下げるって切り口では意外となかった気がする。ただ見せ方はもうちょい工夫が欲しいというか、えらいどストレートなソロパフォーマンスなので、奇をてらうくらいでもと思う。

 

The Ballad of the Apathetic Son and His Narcissistic Mother 

 母息子関係の話で実の親子のパフォーマンス。マザコン方面ではなく毒親方面の際どさが新鮮。ただラストは私としては過干渉ラインを超えてしまった感じがする。両者の語りのミックス、下手ウマなダンス、映像の使い方とシンプルながらmessyな感じが面白い。

 

When Harassy Met Sally by Fin Taylor

 シスヘテロ男性コメディアンがジェンダーセクシュアリティmetooに正面タックルして こんなに笑えるなんて!の驚き。しっかりupdateされたポリティカルビューとどうしても納得できない感覚の折り合いのつかなさを、誠実にかつエネルギッシュに、情けなさに逃げることなく語ってく。冬に見たときよりテクニック的にも段違いでレベルアップしてると思う(プレザンスで満席でってテンションもあるにせよ。)情報量の多い怒涛のノンストップトークだけど、きちんと言葉が入ってくる。

 

Daniel Kitson

 これ何か書くべき感想があるかって言うと、深夜にだるーっとKitsonさんのおしゃべりと今作ってるネタを聞く会、という感じなので、それ以上でも以下でもなくというか。楽しかったけど、さすがにスタンダップはしごのあとで、宿につくのが午前2時は疲れた…。(*0時開始でした…。)

 

A Fourunate Man by Micheal Pinchbeck

 英国最初のGPの一人である医師の伝記を元に、二人のパフォーマーが彼の生涯を追う、という作品ですが、実は本題はこの医師の人生ではなく、一冊の伝記をいかに語るかの技法の方。複数のナラティブをパラレルに走らせたりメタに置いたり、ぱっと見とても静かだけど遊びまくっている。ピンチベック作品を観たの3年ぶりだけど、彼の関心は技法や形式なんだと確信した。

 

The Infinite Show by Mark Watson

 アダム・ヒルズが来なくなった今、新たな癒やしコメディアン枠をと思って入れました。安心して大笑いして気持ちよく劇場出てきた。ちょっとミーハー入ってる自覚はありつつもこのチョイスは正解でした。(でもメインのネタは離婚話なのでそこそこハートブレーキング感)

 

Shake a Leg by Andrew Maxwell

 三年ぶりに見たけど、なんか妙にペシミスティックだった。ネタがつまんないというより、全体の空気が落ち込んでどうも笑いにくい感じ。今回がたまたまなのかなぁ。まぁ、ブレキジットから陰謀論、反ユダヤまでがっつり扱って暗い気持ちにならない方がどうかしてるわけではあるが。

 

The Last Straw by People Show

 これ面白いかどうかはわりとどうでも良くて、イギリスで最も設立の古い現役のパフォーマンスカンパニーてだけで観に行った。正しく前衛というかイギリスで言うところのexperimentalってこれよね、という感。お勉強というと言葉が悪いけども、英国パフォーマンスの歴史をしみじみ感じる。

 

Queens of Sheba

 黒人女性が受ける複合差別をカラッとしたコミカルなパフォーマンスで見せる。負の経験をゴムが弾けるようにパワフルさに転換してて、その明るさがすごい見応え。ブラック女子あるあると思しきネタは私はわからなかったけど一部観客の爆笑をかっさらってた。今回のフリンジで見てきた中で、ダントツで黒人、女性観客の多い客席でした。

 

Bleed by Jordan Brooks

 コメディ畑で話題になってたところパフォーマンス界隈でもお薦めを見たので(J.ローランドさんがパンフで名前挙げてたり)。見事にコメディ/パフォーマンスの境界を突っ切る作品だと思う。ただ、ぶっちぎり方が(スタンダップ)コメディのフォーマットをグリグリ壊していく感じなので、普段コメディを観ない人にはちょっと勧め辛い。でも演劇・パフォーマンス的にもとても面白いです。コメディアンの人には怒られるかもだけど、パフォーマンス作品としての掘り下げ方も見てみたいです、この人。

 

Angry Alan by Penelope Skinner

 これ良かった。尺延ばして演出しっかりつけてぜひツアーを。men's rightsキャンペーンにはまり込んでいくある地方の白人中年男性の姿。トンデモな男性差別の理屈に笑ってしまうけど笑えないのはこれが実際に人を社会を動かしていること。日本でもアクチュアルなテーマではないでしょか。

 

Underground Railroad Game by Jennifer Kidwell and Scott R. Sheppard 

 これ、ちょっとまだ判断が付かないというか、南北戦争&黒人差別問題を現代のinterracialな恋愛関係を通じて描く方法のラストがこのセックスでいいのか?(*いわゆるSMと思われる行為でした(黒人女性と白人男性のカップルで黒人女性がSの側))と考え込んでいる。コミカルな二人芝居で、役者さんも魅力的だけど、転換ごとにスピードが落ちがちなのは残念。

 

The Political History of Smack and Crack by Ed Edward

 昼間にundergroundを観ていたもんで、歴史的事件と個人の経験が重なる的なナラティブ(しかも男女二人芝居)で比べてしまう。んでunder...のが面白い。テーマだけでなく、たぶんスクリプト、役者もあまり良くなくて、今誰が誰に喋ってる?と困惑することが多い。

 

Square Go by Kieran HUrley and Gary McNair

 楽しい〜そして可愛い〜!思春期男子のマッチョテーマは一歩間違えると地雷ですが、メタシアターな(お客いじりとか実年齢ままなビジュアルとか)要素が感傷を破壊してくる笑。(いくらダサくても)ちゃんと大人に見える、というのも今マスキュリニティを語る上では重要な仕掛けだと思う。

 

Best Of... by Richard Gadd

 これはすげぇ。別の仕事との兼ね合いで今回は総集編だなんて、とてもそうとは思えぬクオリティ。明日友人が観るので詳細はそれまで伏せとくけど、ガッドさんの伏線や仕掛けの巧妙さは演劇パフォーマンス畑の人にもおすすめです。

*伏せなくて大丈夫になったので追記。 夏前に放送されたラジオのネタ(生き別れの父親についてガッドが語るという放送内容だが、いよいよ放送が始まるという段になって問題が起こりまくり、パフォーマンスどころではなくなってしまうというドタバタ)をもとに、過去作のネタやちょっと新ネタも含めての、ベストオブ、なショー。彼、伏線張り巡らしたりメタシアター的構造を作るのが得意技なのだと思うんですが、そうしたネタが決まる時の気持ちよさは一級です。

 

Zugunruhe by Tom Bailey, Mechanimal

 ガードナーさんが変な褒め方してるなと気になって飛び込んだら予想以上の大当たりだった。鳥の移動と人の移動を緩く重ねながら、その核にある環境問題、難民問題に静かに触れる。何がすごいってこの地味目なモチーフとシリアスなテーマをおじさんパフォーマーが文字通りに鳥になったり人になったりして見せるという、どうしてそうなった感。でもちゃんと機能してるというか見終わったあとはこの手法がベストと思える。これ、ロンドン行きます。フォレストフリンジがあればそこに拾われてたろうにと思う。お客さん入ってないのが残念。

 

 After the Cut by Gary McNair

 うーん、Square Go 見た後だと(あちらは共作とはいえ)見劣りしてしまう。ディストピアコメディに振るか、しっかり社会派に持っていくかどちらかに思い切ればいいのに。あと、単純に役者さんがちょっと微妙だったと思う。

 

Midsummer by David Greig

 2008年初演作品の改訂再演版。フェスティバルという場にふさわしい幸せな祝祭感あふれる舞台。グレイグ版またはエジンバラ版夏の夜の夢ともいえると思う。なんてことないラブストーリーなんだけど、会話の一つ一つが愛おしいなと思わせる、戯曲、演出、俳優のコンビネーションです。

 

The Prisoner by Peter Brook

 ブルック、おぉブルックよ…。というわけで、私は二つ星レビューに賛同します。とにかく物語がひどい。なぜ原作ものしなかったんだというくらい、誰が書いたんだこれ状態。俳優の佇まいや空間の使い方の美しさは確かにあって、目を引く部分は確かにあるんだけど、キャラクターもストーリーも台詞もほんとにだめなので(特に台詞の詩情のなさは致命的)もう無言劇にしろやと思うくらいだった。俳優さんがもったいない…。あと、唯一の白人俳優の演じる役がザ・オリエンタリストなの、単に無頓着なの確信犯なの?という謎。その意図さえもわからない脚本レベル…。

 

Jew by Ari Shaffir

 友人のお勧めから。ユダヤ人である自身の経験を聖書と絡めつつ、ダーティにでもクリティカルに笑いを取っていく。ユダヤ陰謀論ネタ、Maxwellさんもやってたけど、あちらがかなり深刻なイシューとして扱っていたのに対し(その態度は全く正しいわけですが)、Shaffirさんは、陰謀論?はっはーそうだよほんとだよ!という返し笑。マイノリティのコメディを当事者性だけで語るのはどうかと思いつつ、でもその立場にいないと笑いにできないことはあるよな、と思いながら見てました。

 

DollyWould by Sh!t Theatre

 キッチュなやつ入れてなかったなと思って行きました。去年も同作で来ていたそうです。カントリーミュージックのトップシンガーであり、ゲイアイコンでもあるDolly Partonの大ファンという二人の女性パフォーマーが、ドリーのドラァグ的ファッションを真似つつ、その振る舞いを、ドリーの作ったテーマパークや彼女のブランドグッズの氾濫、クローン羊のドリー、ドリーのテーマパークの近くにある医療センターの死体の腐敗過程の実験の様子を、身体のコピーを軸に繋げていく。はちゃめちゃなビジュアルに対し、うまい構成です。観客の不快さを刺激するポイントが、ちょっとキム・ノーブルっぽさを感じて(彼のようなdepressiveな感じはほぼないのだけど)そこ結構気に行った。テーマパークを(助成金でw)超エンジョイしてる写真の合間に、唐突に腐乱死体の実験の写真が容赦なく入ってくる。確信犯です。

 

Status by Chris Thorpe

 これテーマの扱いとして私的にはダメでした。英国の超強いパスポートを持っている自身の葛藤を語るモノローグではあるのですが、これダムタイプの『S/N』に同じテーマのシーンがあって、そのラディカルさのインパクトとどうしても比べてしまった。現実的にはThorpeの態度がとても全うなものだと思いつつ、やっぱり私は『S/N』の「私は夢見る…」のフレーズの中で、パスポート破るっていうあのシーンがナショナリティや国境を考える時にはものすごく重いものとしてある。(あとエピソードとして、Thorpeは二冊パスポートを発行されているという経緯があるので、なおのこと、一冊破れやと思ってしまった。)

 ビザ関係でいえば、ヴェヌーリ・ペレラのVisa Godのパフォーマンス(*タイトルを忘れた…ごめんヴェヌーリ汗。手塚夏子さんのFloating Bottleプロジェクトの作品の一つで、私が観たのはWIP版。)とか、非白人コメディアンのボーダーネタとか、そういう視点を思いだしてしまう。彼、彼女たちがそれでもコミカルにこの問題を扱っているのに、英国の白人男性が深刻に悩んでしまうのって、やっぱりのれないなと思う。

 
Nigel Slater's Toast
 自分のコンディションが悪くて眠くなってしまった…ごめんなさい(最終日に朝の観劇入れるのはきつかった)。イギリスで有名なフードコラムニストの自伝の舞台化。思い出深い出来事と料理がシンクロしてるのだけど、実際に物語に出てくるお菓子が観客にも配られ一緒に食べる趣向を凝らしてる。
 

Home by Geoff Sobelle

 フィジカルシアターという宣伝だったと思うけど、少しアクロバティックな感があって、ヌーヴォーシルク的な印象が強かったです。フィリップ・ジャンティぽいなとも思いました。加えてステージマジックのテクニックも駆使されてる。ある家の住人と思しき人々の生活がそれぞれオーバーラップする前半部と、とっ散らかった家で観客巻き込みまくりのホームパーティの後半部。スマートな身体パフォーマンス&しっかりしたエンターテイメント性で、フェスティバル演目としては文句なしの質。ただMidsummerにしてもこれにしても私が見た範囲のインターナショナルフェスティバルの演目は祝祭感貫く感じで、社会に特に問うことはないのか、政治テーマはフリンジに任せてバランス取ってるのか、色々思わないではない。 

 

'75 by Kieran Hodgson

 おそらく今回観た中で唯一のガチブレグジットもの。自分の最大の理解者であるはずの母親が離脱に入れただって?というつかみから、とはいえそもそもEUとは何なのだと、EC/EU加盟に関わった政治家たちのリサーチをもとに繰り広げる一人芝居型コメディ。キュートなルックス、辛辣な突っ込み、誠実なメッセージ性と三拍子そろった良い舞台でした。で、作中で言われるまで全然気づいてなかったんですが、ブレグジット、テーマとしてはもう流行りを過ぎつつあるんですね。国民投票の時の空気を知らないし、ニュースで情報を得るだけなので、当然まだまだ盛りの話題だと思ってた。もちろん現実には全然何にも打開してないわけなので、流行り廃り関係なく、時間かけてリサーチして一本のネタに仕上げるホッジソンの態度はとても好感を持ちました。

 *この記事を整理している最中、離脱暫定合意案をめぐって内閣がひっくり返っております。いよいよ2019年3月から段階的に離脱が始まるので、来年の夏はまたブレグジットネタ盛り返すんじゃないかなぁと思います。

 

(以下追記)

bon 4 bon by Chang Dance Theatre

台湾のダンス作品(振付家はイスラエルのEyal Dadon)。良き!実の四人兄弟のダンサー達で、子供の頃の思い出をモチーフにしつつ家族とも友人ともダンスパートナーともつかぬ不思議な距離感。テクニック的にも上手いし、ユーモアの入れ方はチャーミングだし、唯一の不満は30分の小品だったことか。

 

 

A Very Very Very Dark Matter by Martin McDonagh at the Bridge Theatre

観劇日:11月3日19時45分(90分、休憩なし)

演出:Matthew Dunster

 

 ブリッジシアター年間プログラム発表から楽しみに待っていたマクドナーの新作はいざ開幕してみれば賛否両論の嵐吹き荒れるレビューの数々*1。昨年公開の映画『スリービルボード』から期待値が高まりすぎたゆえか、本当にダメな出来だったのか、評判の真相は…といざ鑑賞してみれば、

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みたいになる作品でした。

 著名な童話作家アンデルセンには実はゴーストライターがおり、それはコンゴからさらわれてきた黒人奴隷の少女で、アンデルセンはペットのように彼女を箱に閉じ込めて作品を書かせ続けていた、というのが冒頭のつかみ。えぇっと、道徳倫理的にどうなのこれ…、いくらアンデルセンがクズ人間として描かれているとはいえちょっと笑えねぇよこのジョーク、と冷汗だらだらの展開と台詞が連なるパート1。休憩が入ってたら本気で帰ることを考えたのですが、パート2に入るとまさかの宇宙猫展開へ。

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 未来からやってきて自由を説くジプシー、(舞台設定の年代から)十数年先に起こるコンゴ紛争での戦いに赴く少女、それを阻止しにベルギーからやってくる二人組の(見た目が)赤い殺し屋。ジプシーに託されたマシンガンを担ぎ、故郷を救うべくドアからタイムスリップする少女と、それを見送るアンデルセン。

 何を言ってるかわからねーと思うが…。

 前半の政治的にも倫理的にもダメな要素を、筋立てもろとも隕石が破壊した後半部、そしてそれが妙なカタストロフィになってしまう、という、なんとも困った作品。PC的にダメだという場合、普通その価値観が作中ある程度一貫して見出されるものだと思うのですが、おそらく意図的にそうした一貫性や論理性をぶち壊しにかかっているので、「タブー破り」を試みた表現かどうか、いまいち判断がつかないのが正直なところ*2。とはいえ、神経に触る表現ではあるので、前半部の不快感も強く印象付けられる。

 クズな人間のクズな言動のオンパレードにもかかわらず、不思議とふと胸のすく瞬間がある、という意味では、しっかりマクドナー作品ではあるのだと思う。いくつかのシーンは、まさにマクドナーだというユーモアと緊張感があって、彼の筆であることに疑いようはない。ただ今回は、その「不思議」がすこしふしぎどころではなかったというべきか。

 それでも、非常にテンポが悪いのは確か。近作であるHangmenと比べても、あるいは多くの人は『スリービルボード』とも比べただろうが、それらに比べて明らかに質は悪い。アンデルセンが童話作家であるところから、ナレーターによって語られる物語の体裁に意識的であるにもかかわらず、全体をドライブする要素がほぼないので、登場人物がだらだらとしゃべる、と言う印象がどうしても強い。片手間に書いたように思われても仕方がない出来だとは思う。

 マクドナーファンは日本にも多いので、いずれ翻訳上演があるのかなとは思うけれども、とても人を選ぶというのか、ファンのための公演になるのではと思う。もちろんいかなる評価を受けようとも、公演自体はやるべきですが。

*1:それをまとめたThe Stageの記事はこちら。

Martin McDonagh's A Very Very Very Dark Matter | review round-up

*2:この作品に政治的に否を突き付ける評価はそれはそれで真っ当だと個人的には思います。ただ、私はPCに関わる表現は原則的に文脈に依ると考えているので、ここまで激しく文脈自体が混乱させられてしまうと、批判のポイントとしてはいったん留保を置きます。ちなみに、「タブーを壊す」という意図がはっきり見えていたら、私の評価は単なる悪趣味で終わってたでしょう。

ear for eye by debbie tucker green at the Royal Court Theatre (downstairs)

観劇日:11月3日14時30分(2時間15分、休憩なし)

演出:debbie tucker green

 

 今年度の最高傑作来ちゃったよ、と終演後思わずつぶやきました。

 タッカー・グリーンは名前だけは知っていて、でもその実験的作風と黒人の人種問題というテーマゆえか、なかなか再演に出会う機会がなく、ようやく観れたのが今年の春、チチェスターでのrandom/generationのダブルビル*1。特にgenerationの構成が見事で、上演によってはじめてこの作品の全貌を知れたような感があった。一見して、実験的な形式で解釈に開かれたように見える戯曲が、上演となると(リアリズム形式ではない形で)舞台の設計図として働いているようで、そのことが逆にこの戯曲が細部まで計算されつくした、手の入れようのないものだと示す。演出らによるテキレジの余地がないという意味でも、上演が不可分であるという意味でもある意味徹底した戯曲主義な作品で*2、ear for eyeはタッカー・グリーンのそうした劇作法の一つの到達点になっているのでは、と本数を観ていないなりにも思う。

 三部構成+エピローグという構成で全体を貫くリンクはうっすらとあるものの、どの部も基本的には独立し、かつまとまった意味が非常に取りにくく作られている。第一部は英米の黒人の人々による断片化されオーバーラップする会話やモノローグからなる。センテンスが意図的に壊されているので、舞台上で会話のように見えるものがバラバラな単語の連なり、しかしながら時にとても詩的に聞こえる。だが、言葉を拾っていくうちにどうやら彼、彼女らがその身の回りにある差別や暴力について話している、あるいは話そうとしているようだと察せられる。キーになる会話は(これはエピローグで非常に印象的に繰り返されるが)若い男性と、その少し年長と思しき男性(兄弟か、先輩後輩のような印象がある)のやりとりで、どうやら若者の方がとても攻撃的に興奮しており、年長の男性へ何度も「やってはいけない理由はなんだ」と尋ねる。そして第一部終盤の男性のモノローグは、そこに至るまでの様々な人々の会話の断片が集められたイメージの集大成となっており、一つ一つの言葉に、その言葉を発した人々の顔が過ぎる、鳥肌の立つクライマックスです。

 第二部は、おそらくカウンセラー(あるいは一方は教師の)二人組の会話だが、やはり明確な立場はわからずその内容も明瞭に語られるわけではない。どうやら、ある学校で生徒による銃撃事件が起こったが、その主犯の少年の動機をめぐって対立しているようである(というか、男性側が妙に論点をずらしている風に見える)。この場面に出てくる年長の男性が唯一本作で舞台に上がる白人俳優*3である。つまり、白人男性とそれより若い黒人女性の二人芝居になるわけで、当然そのパワーバランスには年齢、ジェンダーの差も二人の関係に関わってくる。この場面のみ回転舞台の装置が使われ床がゆっくりと回るのだが、対面の椅子だけの美術ながら、目の回る酔いのような気分の悪さが視覚面からも影響を与えてくる。

 第三部は映像で、アメリカパート、イギリスパートにさらに分かれる。アメリカパートではジム・クロウ・ローの条文を白人のアメリカ人たちが(おそらくアマチュアだろう)が読み上げる。イギリスパートでは、同様に白人のイギリス人たちが奴隷法の条文を読み上げる。この場面のみ、台詞となる条文は断片化されることなく、はっきりと意味が通る文として読み上げれられている*4。印象的なのは、意図的に子ども、障がい者、ゲイカップルを被写体に入れていること*5。実は私はまだ解釈が追い付いてないのだけれど、ここだけノンフィクション(的)であることも含め、マイノリティの属性が(足し引きするものではないにせよ)かなり特徴的にこのパートに現れていることは丁寧に考えなければと思う。この部のラストに舞台上にエピローグと示され、第一部の青年が再び現れて幕となる。

 とにかく一言一句たりとも聞き逃すまいと集中して観ていても、どうしても取りこぼしてしまう言葉があり(英語の問題だけでなく)、それを埋めようと戯曲を読むと今度は舞台で観たイメージがおぼろげになっていく。テキストーステージの分かち難さを見事に示す上演だ。そして、舞台上の瞬間瞬間のみ言葉とイメージが完成するー戯曲だけでも、上演だけでもそれは達成されないーという形態が黒人問題を語り得る可能性と、同時にその限りのない困難をダイレクトに示していた。これほど形式と内容が不可分の舞台作品であることにも驚いたし、また演劇と言う形式においても、戯曲の持つ役割がとてつもなく重要で、しかしそれ単独では不完全であることを鮮やかに示す手つきが本当に素晴らしかった。タッカー・グリーン、今作はテーマ、劇作、演出など様々に評価があると思いますが、私はやはり彼女の劇作家としての能力を高く評価したい。私のまだ知らない戯曲の面白さを存分に見せてくれた作品だった。

 

*1:感想を、書いてない…。

*2:タッカー・グリーンの場合は(チチェスター公演は別の人でしたが)初演に関しては自分で演出しているというのも大きいと思います。あと、タッカー・グリーンに限らずですが、リアリズムの手法で書かれていない作品ほど、戯曲に忠実な演出の方が面白いんじゃないかと個人的には思っています。

*3:戯曲上の指定ではcaucasianという表記。第三部のキャスト指定も同様。ちなみに黒人登場人物に関してはBlack British, African Americanです。

*4:ただし、台詞の区切りやカット割りには工夫が凝らされ、一つの条文をリレーのように複数の人が読み上げたり、同じ人を複数のアングルから撮ったりしている

*5:手話話者は第一部に登場している

Twelfth Night at Young Vic

観劇日:2018年11月1日

演出:Kwame Kwei Armah and Oskar Eustis

製作:The Public Theatre (NY)

 

 ヤングヴィック新芸術監督クウェイ=アーマー就任一作目は、彼がアメリカで製作したミュージカル版『十二夜』*1。舞台は20世紀半ばのノッティングヒル。カリブ系移民が多く住んでいた地域で、現在までもカーニバルなどカリブ文化が根付いているそう。

 華やかでエネルギッシュなミュージカルというだけなら、シェイクスピアの翻案として特別珍しくはないのだろうけど、そうはならないのは、徹頭徹尾一貫してこの作品が多文化社会へのセレブレーションとなっていること*2。ダイバースキャスティングに加え、コーラス/アンサンブルには地域のアマチュアパフォーマーを大勢登用している。人種、民族、性別、年齢、全部が取っ払われた祝祭の雰囲気と同時に、これほど多様なすべての人々へのそれぞれのリスペクトがきちんと両立していて、この一年強イギリスで舞台を観てきて、最も安心できる劇場空間だなと感じた。

 『十二夜』のストーリーやプロット、キャラクターにほぼ変更はないものの、90分のミュージカル翻案になっているため、当然ながら台詞のカットや変更は大胆。名台詞の一部を歌詞に混ぜ込む形になっているので、ちょっと口ずさみたくなる感じです。唯一人物造形に変更にあるのがマルヴォーリオ。エンディングはオリジナルソングで他者理解と世界への希望を歌うもののため、彼が復讐を予告するシーンがほぼなくなっている*3

 『十二夜』自体は、個人的にはさほどハッピーな作品ではないと思うのだけど(もちろん喜劇だしハッピーエンドだけど、ヴァイオラだけにかかる負担が半端なさすぎるし、今回カットされているマルヴォーリオのシーンの不穏さが強いので。)、街が舞台であることと、魔法みたいなミラクルが起こらないということが重要なのかもしれない。幸運はもちろんたくさんあって(私のお気に入りキャラクターセバスチャンの、宝くじを連続で当てそうな強運とか)、その反面誤解やすれ違いも起こるのだけれど(兄貴のラッキーのつけを払わされているヴァイオラ…)、全部人の世のことだというところに軸足があって、それがエンディングの、世界は他者を理解することできっと良くなる、という非常にポジティブな歌へつながっているように思った。

 とはいえ、全てをラッキーで片付けるほどクワメ演出は甘くない。ヴァイオラ/セザーリオの変装は本当に男性と見まごうほどで、プロット全体を支えるこの「リアリティ」の説得力は強い。衣装から徹底的にフェミニンな要素を排し、しぐさや振る舞いも黒人男性のそれをうまく取り入れて、よりマスキュリンに見せている(ヴァイオラ、セバスチャン双子は黒人キャスト)。男装のイメージにつきものな少年的な「中性さ」もなく、まさに、'Not yet old enough for a man, nor young enough for a boy'な造形。オーシーノとセザーリオの思いのすれ違うやり取りは、変装の秘密ゆえのもどかしさというより、恋心を秘めたゲイの青年のようにも見える。

 セクシュアリティに関して、おそらく有名なのはセバスチャンに対するアントーニオの感情ですが、これも(出番自体は大幅に短くはなっているものの)アントーニオがヴァイオラ、オリヴィア、オーシーノーのメインテーマで歌われるフレーズを反復することで、暗にその思いを示す。人種的なダイバーシティをキャスティングで見せつつ、原作のジェンダー、セクシュアリティ表象の複雑さもきちんと拾い上げている。

 斜に構えることなく真っすぐに多文化社会への希望をメッセージとするのって、やっぱり今とても作るのが難しくなっていると思うのだけど、隙のないクオリティと有無を言わさぬエネルギーでそれを実現している舞台。これは、NTライブ等でのブロードキャストや、(難しいだろうけど)ソフト化があればと思う。今、なるべく多くの人に見てもらいたい、本当に幸福な作品です。

 

 

*1:初年度のプログラムにやけにアメリカ関係の作品が多いなと思ってたら、2011年から17年までボルチモアの芸術センターの芸術監督だったんですね。ついでに個人的なことを書いておくと、この時期はちょうど私がイギリス演劇に本格的に関心を持ち出した頃で、つまりクワメさんのイギリスでの仕事を私は今まで見たことがなかったのです。

*2:個人的に、劇場美術でまず驚いたのが天井に掲げられた万国旗でした。なんてベタな、というシニカルな思いを抱いたのは一瞬で、このストレートさこそが強さなのだとちょっと泣けてきました

*3:そのせいか、マルヴォーリオ、ソロ曲とか見せ場がえらい多くて、大変おいしい役どころになってました。

Edinburgh Festival Fringe 2018 要チェック作品リストのリスト

 今年のエジンバラフェスティバルのフリンジ演目チェックに使ったサイトのリストをまとめておきます。フェスティバルはすでに開幕しており、おせーよ、という感もあるのですが、大手メディアは例年こういった記事を出しているので(批評家が変わることはあるけど)、来年以降も使えるかしらと思い、自分の備忘録も兼ねて。

 よほど合わない批評家が書いているとかではない限り、二つ以上の媒体で紹介されているのもはチェックリストに入れていいかなと思います。前売りを買うか迷う時は各紙のレビューが出るのを待つべし。下に挙げたメディアの多くはほぼ毎日フリンジ作品のレビューを出しています。あと、フリンジの公式サイトから、チケット完売日がどれだけ出ているかをチェックするのも良いです。あとは博打。

 (独断と偏見でコメントをつけています。私の趣味を知っている人は参考にしてください。)

 (ちょっと思うところあり、私の観劇予定リストは今のところウェブには上げないつもりです。すみません。(もし私の知人友人で興味のある方がいれば直接ご連絡ください。)作品の感想は改めてまとめます。)

 

The Independent (Lyn Gardner)

www.independent.co.uk

 インディペンデント、というかリン・ガードナー枠、というべきか。シアター、ダンス、サーカス、キャバレー、児童劇、今年も無双しております、ガードナー先生。私も日ごろから厚い信頼を寄せています。ガーディアンを離れ、ひとまず今年はインディペンデントとステージを拠点にレビューを書くとのこと。会期中に所属メディアに書ききれない作品評はツイッターにガンガン挙げてるので、そちらも要チェック。0ウィーク目にしてすでに、同僚批評家に「30本は観てる」とか言われてます、この人。

 

The Guardian (Theatre&Dance: Chris Wiegand, Comedy: Brian Logan)

www.theguardian.com

 安パイなのはこのへんかな、という気がします。(ただしダンスは未知数。)ただ開幕して今んとこ、シアターのレビューはマーク・フィッシャーさんが書いてるっぽいので、まずはそっちを参考にした方がいいかも。(ビリントンさんはここんとこはフリンジに来てるんだっけ?)

 

The Telegprah (批評家合同、要登録)

www.telegraph.co.uk

 すみません、私、ちゃんと読んでない…。音楽、オペラもカバーしているので、そちらにも関心がある方はどうぞ。

 

The Scotsman (批評家合同)

www.scotsman.com

 地元紙なのにか、地元紙だからか、下馬評出るのが一番遅かった。他の媒体が拾ってない作品がちょこちょこあるのですが、気になりつつレビュー待ち状態です。しかしスコッツマンの本気はこれからだ。会期中、紙媒体は文化欄がフェスティバル特別仕様になっており、レビューはもちろん、その日の演目スケジュールやヴェニューの地図まで掲載。朝買って、記事読んで、そのまま一日ガイドブックとして使えます。

 

Time Out London (Andrzej Lukowski)

www.timeout.com

  ロンドンが中心の媒体なので数は少なめですが、大都市エンタメガイドというメディアの性質もあってか、演劇をあまり知らない人におすすめを聞かれた際には、ルコフスキーさんのレビューが一番参考になると思います(口悪いのがあれだけど)。ちなみに私のシアター系のチェックリストはだいたいこんな感じに収まってます。(私の選び方がロンドン視点に偏ってる、という話でもあるんですが。)

 

The Stage (批評家合同)

www.thestage.co.uk

 演劇業界のニュースや政治系の記事はいつも面白く読むんですが、レビューはいまいちはまらないステージ…。(書き手が多いというのもある。)ただ今年はガードナー先生がこっちにも記事を書くようなので、会期中はしっかりチェックします。月間3記事(?)以上のアクセスは有料なので、8月だけ購読登録するのが良いかと。

 

 Chortle

www.chortle.co.uk

 …の記事のどれかを読んだはずなんですけど、今検索し直したら出てこない…。すみません…。コメディ専門媒体です。興味ない人はスルーでいいんですが、フリンジのような小規模の公演では、コメディと演劇・パフォーマンスの垣根が低くなっているので、時々両ジャンルから評価されるタイプの作品がポンっと出てきたりします。私はそういう関心とは別に、コメディファンとしてチェックしてます。

 

Go Johnny Go Go Go Part II (Miki Inamura)

www.gojohnnygogogo2.com

 お世話になっております、イナムラさんのコメディブログ。日本語でレビューや現地情報が読める貴重なサイトです。日本のお笑いに親しんだ人から見て、という視点で書かれている記事も多いので、フリンジでコメディジャンルに初挑戦したいという方は、英メディアのレビューを当たるよりも笑いのツボがわかりやすいかもしれません。毎年レギュラーで来ているコメディアンは多いので、今年の注目リストやレビューはもちろん、過去の開催年の記事も読むのがおすすめです。

 

 だいたいこんな感じでしょうか。漏れがあったら追記します。

 

The Prudes, Mood Music, The Writer

The Prudes 作・演出:Anthony Nielson、 Royal Court Theatre upstairs

Mood Music 作:Joe Penhal、演出:Roger Mitchell、 The Old Vic

The Writer 作:Ella Hickson、演出:Blanche McIntyre、 Almeida*1

 

感想が書けてないままの作品がたまってしまったので、数作品まとめて感想を書くという荒業に出ますが、The Prudes、Mood Music、The Writerです。いずれも広報やプレスレビューで「Metooもの」といううたい文句ががついていた作品ですが、それぞれ好対照で面白かったです。

 

Metooを直接的に扱う作品が昨年末くらいからにわかに増えてきている。おそらくこの傾向はまだしばらく続くだろう。さて、上記の三作品、前者二作はin-yer-face世代の男性作家A. NielsonとJ. Penhall によるもの*2、The Writerは若手女性作家Ella Hicksonの作。まずは、The PrudesとMood Musicを。

The Prudesは中年夫婦の二人芝居。昨今の(特に性生活をめぐる)フェミニズムの盛り上がりを受けて、夫は「セックスが出来なく」なってしまっている。自分と妻は確かな同意の上で性行為を行っているのか、セックス中に自分が彼女にしていることは「暴力」ではないのか、自分の欲望を満たすことで妻や過去の恋人たちの尊厳を損なってきたのではないか…と、とにかくあらゆる自らの言動に自分で判断をつけることが出来なくなってしまっている。そんな「セックスレス」な夫を、妻はまぁまぁとなだめながら、これは暴力じゃない、これは私が望んでやっている、と一つ一つ言い聞かせつつ行為に臨もうとする。だが、しょうもないコスプレ趣味に呆れた顔をしてみれば、やっぱりこれは「ハラスメント」なんだー!と夫に大騒ぎされ、セックスレス解消の話し合いは振出しに戻る…。

昨今のセクハラ追求の流れに対し、ささいなことで過剰反応し、自分は加害者なんだ!(でもこんなささいなことでハラッサーにされてしまうという意味ではこの性差別社会の被害者なのだ!)と過剰に罪悪感を抱く男性像がコミカルに描かれ、賞味期限の短い(そうであってほしい…)テーマでさくっとシニカルな小品を描けるニールソンはまだまだ現役、と思う。ただ、当然こうした男性像にシンパシーを感じさせるような作品がそう歓迎されるわけでもなく、(当時)ガーディアン紙のリン・ガードナーはフェミニストの視点からきっぱり批判し二つ星の低評価をつけている*3

個人的には、少なくともこの一年の英語圏のmetooムーブメントを見る限り、「ガス抜き」としてこうした作品も必要だろうと思っている。もちろん、ずっと必要だとは思わないし、今作がもし再演されるときにはかなり批判的な演出をつけるべきだ。ただ、個人的な嫌な思い出に過ぎないものの、こういった「ガス抜き」が上手くいかなかった男性に当たられた経験があり、それに対処するのはかなり精神的に消耗した*4。そんな息苦しさに同情なんかするな、という向きもよくわかる。でもこの数年、少なくともSNS上のジェンダー・セクシュアリティ問題に関する議論は(良し悪しとは別に)相当にラディカルなスピードで進んでいる。急激な社会の変化に耐えられない人がいることには、その適応を待つ、という判断も場合によってはありなのではないかと、個人的には思う。The Prudesはそういう機能を持つ作品だな、と思うし、その意味で、とてもとてもコンテンポラリーだ。

 

Mood Musicも、やはりin-yer-face世代の男性作家、ジョー・ペンホールによるmetooもの。こちらは明確にショービジネスの世界を舞台としており、若い女性シンガーソングライターとベテラン男性プロデューサーとの間の確執と性暴力を、当事者二人、両者のカウンセラー、両者の弁護士の三組六人の対話で描き出す。会話を細切れにする独特の劇作は、深刻なテーマに感傷を含ませず、歌手―プロデューサー間の、恨みや憎しみ、負の感情に交じる否定しがたいかつての信頼関係の混濁をも、ドライに「ビジネスライク」に描き出す。

これを製作したのはThe Old Vic。まさにMetoo問題で告発されたケヴィン・スペイシーが前芸術監督だった劇場だ*5。感心している場合でもないが、しかしこちらの劇場の自浄作用は強く、反応も早い*6。Mood Music自体は今回の問題への完璧な応答ではないと、個人的には思うのだが、しかしこのテーマでこの期間で、きちんとクオリティを出してきたところはまず評価すべきと思う。

なぜ完璧ではないか。この男性プロデューサーが、若い女性シンガーをビジネス上搾取しまくった上に、性的にも辱めたことが作中の会話からうかがえる。もしそれがすべて事実ならば(そして弁護士らの応対を見るにおそらくそれは事実なのだが)このプロデューサーは一刻も早く業界から追放されるべき「悪人」なのだ。たとえ音楽、マーケティングの才能はあっても、情状酌量の余地はない。天才こそ「サイコパス」という言説が批判的に用いられるけれど、逆に言えば天才だからこそ人格破綻していても「芸術業界」では生き残るチャンスがあるわけだ。

エンディングでは女性シンガーの方が示談に妥協し、業界からも身を引くこととなり、プロデューサーが業界に生き残るという究極のバッドエンド。しかし、ここまで「男性(業界人)」を「悪役」として描き切るというのは、それもまたガス抜きになるのではないかという思いがよぎる。おそらく観客のほとんどは男女の別なく、このプロデューサーのような人間には自身の「加害」の可能性を見ることはないだろう。ことはそれほど単純ではない。特定の人に対してはハラッサーである人が、別の人々にとっては親友であったり恩人であったりすることはものすごく多い。周囲の人間全員一致で悪人認定が出来ればどれほど良いか、というハラスメント案件は本当にきりがないのだ。だからこそ人間ともいえるのだろうが、だからこそ「完全な悪人」はある意味幻想的でとてもフィクショナルな造形でもある。Mood Musicの欠点は、仮想敵をそのような「ありえない(そんな例は極々わずかな)」キャラクターにしたことだろう。バッドエンドはせめてもの現状の反映だろうが(これで勧善懲悪ものだったら私は一つ星をつける)ここまでの悪人像をもって描かれる芸術業界の膿のなかでは、小悪人を見逃しかねない。

 

さて、The Writerだ。冒頭のキャッチーな「劇中劇」に登場する典型的な演出家-女優のセクハラ関係はmetoo問題どまんなかである。中心キャラクターが女性劇作家であり、彼女の視点から、作家として自立すること、男性演出家との対峙が描かれることも、昨今のショービズ界の議論の意識的な反映だろう。ただ、この作品において芸術業界のセクハラ問題はあくまでも「導入」にすぎない。女性劇作家の視点を通して、芸術家がいかなる搾取もなく作品を作り上げるとはどういう状態、状況、環境を指すのか、語弊を恐れずに言えばmetooよりもはるか先の問いを見通している作品だ。

冒頭で演じられる演出家と女優の劇中劇を書いた女性劇作家の、「複数の」生をこの作品はパラレルに描く。ある時は、自作のプレゼンテーションを男性演出家に乗っ取られてしまうような言葉を奪われた人物、ある時は主夫と思しき男性パートナーと生活を共にしながら創作ポリシーと「売れる」作品のジレンマに悩む人物、ある時はマーケティングと作品解釈をめぐって男性演出家と対等に議論を交わす人物、そしてある時は作家として大成しパワーレズビアンとして高級マンションにパートナーと悠々自適に暮らす人物。どの「彼女」も、おそらく冒頭の劇中劇のピースを書いた人物だが、その生のあり様がマルチプルに存在し、そしてその描写は徐々に保守的なイメージから革新的なそれへとスライドしていく。

The Prudes、Mood Musicともに、男性と女性の優劣の関係は揺らがないまま(もちろんそれは今の社会情勢において間違ってはいない力関係だ)であるのに対し、The Writerは、「立場によっては」女性が搾取の側に回ることもある、ということを、まさにmetooの現場である芸術業界を舞台に描き出す。白人で長身の売れっ子女性作家が、黒人で小柄で定職のない女性パートナーにしか欲望を抱かないとき、その関係は女性作家のパートナーへの愛なのか、ただ社会的に構築された欲望に突き動かされたのか判断などできないとき、その作家が「フェミニズム」の作品を書くとはどういう意味を持つのか、今作の問いはここにまで及ぶ。最終パート、レズビアンである女性作家のパートナーが、ピカソのゲルニカのエピソードを切り出す。曰く、彼はこの反戦の大作を描いていた最中、自分の愛人たちが喧嘩するのを笑いながら眺めていたのだと。作家の人格はその作品は別物だと、私は考えている。でも、その作品が政治的メッセージを持つとき、その政治性に関わる当人の振る舞いはどこまで正当だと見なすことができるのだろう。その問いには当然ながら女性も逃れることはできないのだと、ヒックソンは強く訴える。

 

metooムーブメントは今も進行中だけれど、作品のモチーフとしては当たり前ながら「ブーム」に終わらせてはいけない。性差別、性暴力の解決に向けた一連の動きは、現在問題として挙がってきている個別の事件への対応と同時に、なぜそのような暴力が可能となってしまったのか、を問うていく作業でもあるべきだ。三作並べて、最も若手で女性作家であるヒックソンがこの点に一番鋭く応答しているのは、当然の成り行きとも思いつつ、皮肉にも感じられる。でも、こんなにもわかりやすく「次の世代」が現れていることに、私は少なからず期待と希望も持っている。

 

 

*1:ところで今春~年内上演予定のアルメイダの演目、リバイバルや海外招聘を除けば、ほぼ全て女性作家、女性演出家が手掛けています。

*2:あまりin-yer-faceということを強調しすぎるのもどうかとは思うのですが、ただ彼らが(いかなる表現上の意図であれ)露悪的にゲイセックスや性暴力、それに伴うミソジニーといった「男性的」な主題を書いていたこと、それらの要素がこの用語をカテゴリーとして機能させていたこと(=彼らがそれを武器に作品発表の場を得ていたこと)はこの文脈では無視できないと思います。

*3:The Prudes review – a couple's very public attempt to revive their sex life | Stage | The Guardian

*4:なまじ当人は義憤に駆られての結果だったりするわけで、私も何が問題かをちゃんと話したいという気持ちはあるものだから、きちんと言い返すことは出来なかった。少なくとも当時は。

*5:とはいえ、パンフレットの現芸術監督のメッセージには、今作のセクハラ関連のテーマに一切言及がなく、いや怖い世界ですわほんとにと思いましたです。

*6:ちなみに最も早くこの種の問題に取り組み、成功例(例えばハラスメント問題に対するガイドライン)も失敗例('Rita, Sue and Bob Too'の上演中止→撤回のプロセス)も出したのがロイヤル・コートだと思います。これ、別項立てて書いた方がいいかなとも思ってますが。

4月~6月、ブログ感想未消化リスト(追記:ひと月分増えました)

(7月1日追記)

6月分の未消化リストも追加しました。年度末の面談が終わって、すでに夏休み気分だったようです。書かないモードになるとほんとに書かなくなるので、せめてこれだけでもと言うのに星マークをつけておくことにします。

 

年度末でばたばたしているので、とりあえず観たぞの記録だけ(簡単なメモは随時ツイッターにあげてます)。落ち着いたら地道に感想書いていきます。

 

4月28日15時

☆The Prude by Anthony Nielson, The Royal Court Theatre Upstairs

(5月末に観ているMood Musicと対になるような作品。舞台/戯曲作品としてのmetoo(運動)、特にシスヘテロ男性からの描き方が気になりだしたのはこのあたりから。)

19時30分

4.48 Psychosis by Sarah Kane, Lyric Hammersmith Theatre

(ところでこの日はin-yer-face祭り感のある名前の並びで、テンションが高かった)

 

5月5日14時30分

One Green Bottle by Hideki Noda, Soho Theatre

19時30分

The Encounter by Simon McBurney, The Barbican Theatre

 

5月10日20時

Returning to Reins (German version) by Thomas Ostermeier, Schaubühne

5月11日13時

Exodus by Li Lorian, Haus der Berliner Festspiele, Rehearsal Stage

 (弾丸テアタートレッフェン)

 

5月17日19時30分

The String Quartet's Guide to Sex And Anxiety, Birmingham Rep

 

5月19日14時30分

☆The Writer by Ella Hickson, Almeida Theatre

 (metooがテーマという宣伝でしたが、この問題のはるか先を見通す、テーマ的にも演劇的にもユーモアと巧妙な構成によるフェミニズムシアターでした。)

 

5月21日19時30分

Limmy's Vine, The Glee Club

 

5月24日14時45分

☆random/generations by debbie tucker green, Chichester Festival Theatre, Minerva Theatre 

 

5月27日11時

NT live, Macbeth, dir. Rufus Norris

 (たぶん日本でやると思いますが、あんまり薦めません…)

 

(以下追記分)

5月31日19時30分

Mood Music by Joe Penhall, The Old Vic

(これもMetooがテーマ。今年上半期はとにかく多いです。)

 

6月2日14時30分

Fatherland by Simon Stephens, Scott Graham and Karl Hyde at Lyric Hammersmith

(これ、個人的にとても面白かったのですが、博論の内容にもろに関わるのでブログに詳細を書くことはないと思います。)

19時30分

Retro(per)spective by Split Blitches、BAC

(おおこれがかの有名な、という感慨でございました。)

 

6月7日14時

Translations by Brian Friel, National Theatre

19時45分

☆Creation (Pictures for Dorian) by Gob Squad, Southbank Centre

 

6月9日14時30分

Quiz by James Graham, Noel Coward Theatre

(ところでグレアムが、今話題になっているカンバーバッチ主演のブレキジットもののドラマの脚本だと知ってびっくりしました。)

19時30分

Machinal by Sophie Treadwell, Almeida

 

6月12日20時

☆Trying It On written and performed by David Edgar, Birmingham Rep

(エドガー先生御年70にして初舞台。)

 

6月15日14時30分

Lady Eats Apple by Back to Back Theatre

20時

Phobiarama by Dries Verhoeven

 

6月19日19時

☆Sea Wall by Simon Stephens, performed by Andrew Scott, The Old Vic